今年もこの時がやってきた。24時間ぶっ通しで歌い続ける地獄の耐久カラオケである。
お正月の余韻も遠のいて来た1月27日の土曜日は朝の4時、目覚まし時計のベルが戦いの始まりを告げるゴングのように鳴り響く。
川崎市に所在する某カラオケ店では、朝の5時から翌朝の6時まで、満室にならなければ最大24時間も滞在できることが知られて久しい世の中になった。
我々は年に2回、1月と6月に24時間カラオケに挑みに行く。
通常のカラオケであれば3時間程度、深夜カラオケであっても長くても8時間程度がセオリーの一般的なカラオケのスタイルからすれば、1人あたりの持ち時間は果てしなく、歌える曲数も膨大なものになる。
そう、年2回も24時間カラオケを行っていると、普通は歌う曲が尽きるのだ。だが我々の集団は普通ではない。
24時間も歌えば、1曲5分と計算しても、全体で300曲に近い曲数を歌うことになる。練習してきた曲を誰かに先に歌われてしまってはレパートリーを削られてしまう。なまじ古い曲を入れてしまえばうろ覚えが露呈し墓穴を掘ることになる。
数多の危険性を孕み、幾千の心理戦が繰り広げられ、毎回精神を消耗させながら、それでも達成させてきていることからも、常人の域を超えている事は自明の理であろう。
企画が始まって当初より生と死を実感できる格式の高いイベントとして、この24時間カラオケは君臨し続けている。
しかしながら気がかりなことが一つあった。我々は真に24時間カラオケを達成していないのだ。
カラオケのシステムとしては朝5時から入れるが、いつも日和って朝6時以降の入店となってしまう。朝6時以降に入っていたのでは24時間カラオケに滞在したとは言えない。それは24時間に限りなく近い23時間カラオケである。
そして1日は、24時間である。
真に24時間カラオケを達成するために我々は立ち上がったのだ。
朝5時40分、私、井口ゆゆゆがフロントでチェックインを済まし、一人部屋に入る。始まったのだ。朝5時40分。朝6時前から入店したのは今回が初だ。
新たな伝説、レジェンドが生まれようとしている予感を沸々と滾らせて、デンモクを手に取った。
最初に入れる曲はもちろん、「More One Night」。終わるまでは終わらないよヒャアアアアアアアと一人で騒いでいた。朝の5時から。
少し経つと007fyが入室してきた。朝の6時台。どうやらバイクで来たらしい。
仕切り直して私はもう一回「More One Night」を入れた。ふたりぼっちの世界が回り始めた瞬間である。
その後、二人でバンドリの楽曲を中心に歌っていき、喉の調子を整えていく。ここでテンションを上げていきたいところではあるが、これから始まる長丁場に備え、二人ともしんしんと歌っていく。まだ先は長い。石橋は叩いて渡りたい。
続いて、真岡優、cjhmltf-wが遅れて入室してきた。人員の補充は長時間カラオケを成功させる上で何よりも重要となる。
先発で入っていた私と007fyにもまだ元気が感じられる。今日は勝てる、そんな自信に満ち溢れた朝の9時台であった。
曲を被らせないように細心の注意を払いつつ、新曲を温存する戦略、作品単縛りで繋ぐ戦略、最初から全力な戦略、様々な戦略で耐久カラオケに対峙する我々の雄姿がそこにあった。
人数も増えたこともあって一気に負担が減って心に余裕が生まれた私は満面の笑みを浮かべ、しきりに「楽しいね」と口にしながら「More One Night」を歌った。
時間は15時、穏やかに流れていた時間も真岡優の爆弾発言で急転直下を迎える。「俺ちょっと外出て21時くらいに戻ってくる」「21時!?」
このまま4人でゆるりとカラオケをしつつ2チームくらいに分かれて川崎大師にでも観光しようと考えていた矢先に人数が減ることを考慮していなかった。
真岡優は最後に「ポーカーフェイス」を歌って去っていった。申し訳なさそうに出発準備を済ませる真岡優の顔は全然ポーカーフェイスではなかった。
しかも運悪くカラオケ店の方がいよいよ混み始めていた。システム上24時間以上いられるだけで、満室になれば強制退場である。
いつ店員に声を掛けられるのかと冷や冷やしながら、悔いが残らないように全力でいぬやしきの「My hero」や十二大戦の「ラプチャー」、NARUTOの「GO!!!」などを歌った。
これだけ歌われば後は潔く死のうと考えて、NEW GAMEの「JUMPin' JUMP UP!!!!」を歌い終わった辺りで異変に気付く。いつまで経っても店員に退出するようにと声を掛けられない。
外を見れば結構並んでいる。他の部屋も埋まりつつあった。なぜ死なない?
そう、入店するペースと退店するペースが微妙な均衡の上で成り立ち、結果的に満室にはならなかったのだ。
しかしいつ死ぬとも分からない首の皮一枚で繋がった状態でのカラオケは余りに心労に祟った。
既に12時間が経とうとしている中で、忍耐の限界を迎えたcjhmltf-wが急に帰る準備を始めた。
「この後に飲み会があるので帰ります」「は?」「流れ変わったな」噛み合わない会話を尻目にこの日一番といえるくらい意気揚々としながらcjhmltf-wは去っていった。
一度は引き止めたものの、カラオケよりも後出の飲み会を優先させて現場から逃げた不甲斐なさを責める気にはなれなかった。
ただ虚しさのみが積もる空間で私は「More One Night」を歌った。
19時、当初は朝6時から居る予定だったN氏がぬけぬけと腑抜け顔を晒しにやってきた。
遅すぎる。カラオケが始まってから半日を過ぎての入店だ。
たかだか10時間程度のカラオケとも呼べないお粗末な学級会で彼は満足なのだろうか。
しかも開始早々選曲したのは、私や007fyが既に選曲済みの「My hero」や「ラプチャー」であり、遅れてきた上に曲を被らせる始末。
一体何をしに来たのだろう。
ついには真岡優の帰ってくる21時まで持ちこたえることが出来た。
しかも思わぬ朗報が入る。真岡優の同期である森さんが耐久カラオケに参戦してくれるとのことだった。
人員の増強は何より有り難い。途中退出の咎などは一瞬で消え去った。私には森さんが天使が差し伸べた救いの手のように感じた。
開始から既に18時間、ここまで寝ずに踏ん張ってきた先発組に限界の色が見え始める。
眠い。眠いのだ。
この状況に慣れている私はなんとか意識を繋いでいるが、今回初めて6時台から入店した007fyなんかはもう駄目だ。
一人寝袋を敷き完全に寝る体制に入っている。ここを実家か何かと勘違いし切っている。
しかも「テルーの唄」や「君を乗せて」などジブリの名曲バラードを選曲して、こちらまで死に誘って来る。
ところが、死んでも歌わされるのが我々の24時間カラオケのルールだ。
騒音の中、うとうととしかけたところでデンモクを渡される。「あぁ、そっか、入れなきゃ」そう言ってまた死ぬ。
平和の国・日本で最も死の概念が近いのは富士樹海と子の刻を過ぎたこの室内であろう。
朝2時、この世にあるアニソンを粗方歌い尽くしたのではないかと思えてきた辺りで、 007fyが歌っているときに流れる映像を変更できることに気が付いた。
氷菓の「優しさの理由」で昭和20年代~のニュース映像を流してから、曲を経ることに段々と年代が上がっていき、彼の番が来る度に我々は何故かアニソンを聞きながら昭和の暮らしを回顧することになった。
「優しさの理由」でマッカーサーが君臨したり、「YUME日和」で戦後の貧しい生活が写し出されたりと、妙に意味深な歌詞とのマッチ具合で、見る人が見れば怒る不謹慎さを呈していたが、それは置いておいて、カラオケの映像はいよいよバブル景気も終期に差し掛かり平成に突入しようとしていた。
最早カラオケの内容より流れる映像の方が楽しみになっていた我々であったが、テレビ画面に写し出されたのはなんと平成を生きてきた我々であった。
歴史の重みを感じざるを得ない。第二次世界大戦を経て、高度経済成長を経て、バブル崩壊を経て、今の我々があるのだ。
写し出された我々の顔を認証して武将風のスタンプが画面に押される。
ここまで長きに渡る戦いを続けてきた我々にまさに相応しい。
よくもこんな面白いアイデアを眠さが限界を超えたこの状況下で打ち出せたものだ。
笑いのピークを迎えたまま、勢いを保持したまま、残り1時間となったところで、恒例の1番飛ばしが始まる。
フルで歌えば1曲5分だが、アニメサイズである1番飛ばしをすれば1曲1分30秒程度。曲数で換算して3倍の収穫が望める。
ここまで来て最早曲数を数えては居ないが、歌った曲は300曲を優に超えているだろう。
森さんの「Stand up!!!」に始まり、グランドフィナーレに相応するアニソンをどんどん入れて最後の力を振り絞るように盛り上がる。
stand up!!!/てさぐれ部もの
空に歌えば/僕のヒーローアカデミア
ステップアップlove/血界戦線
more one night/少女終末旅行
know know know/銀魂
rising hope/魔法科高校の劣等生
情熱フルーツ/アクションヒロインチアフルーツ
deep in abyss/メイドインアビス
adorenaline/亜人ちゃんは語りたい
belief/タブータトゥー
rally go round/ニセコイ
fullscratch love/フレームアームズガール
ハッピーマテリアル/UQHOLDER
カラーズぱわーにおまかせ/三ツ星カラーズ
synchrogazer/シンフォギア
スクランブル/スクールランブル
グッドラックライラック/アニメガタリズ
うまるん体操/うまるちゃん
naked dive/無彩限のファントムワールド
golden life/アクティヴレイド
かくしん的めたまるふぉーぜ/うまるちゃん
熱色スターマイン/バンドリ
ignite/ソードアートオンライン
星空ランデブー/石膏ボーイズ
ライブオン!/ライブオン!
せーのっ/ゆゆ式
ときめきエクスペリエンス/バンドリ
INSIDE IDENTITY/中二病でも恋がしたい
Touch Tap Baby/ハッカドール
あえいうえおあお/ひなこのーと
Sparkling Daydream/中二病でも恋がしたいかーてんこーる/ひなこのーと
ROCK OVER JAPAN/輪るピングドラム
ROCK OVER JAPAN/輪るピングドラム
花ハ踊レヤいろはにほ/ハナヤマタ
サバンナを越えて/ジャングル大帝
真赤な誓い/武装錬金
動く、動く/少女終末旅行
天使のしっぽ/天使のしっぽ
はじめてガールズ/わかばガール
ラプチャー/十二大戦
※「ラプチャー」は通算3回、「More One Night」は通算5回歌われた。
朝の6時、こうして終わりになると丸1日居た環境にも愛着が沸き名残惜しさが増してくる。
思えば1日でこれだけのドラマに出会える日もなかなか少ない。辛いこともあったがその分楽しさも見い出せた。
まるで人生だ。カラオケとは人生の縮図である。
今回初めて24時間カラオケを達成することができた。今までなんだかんだで24時間に限りなく近いカラオケか、或いは、途中退場を余儀なくされてぶっ通しとはいかなかったので、今回の成果は大きい。
1日は達成した。次の目標は1年だ。1年間ぶっ通しで歌えるように、今から曲のレパートリーを増やしておこう。
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